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zoom RSS 2017夏沖縄の城めぐり 〜今帰仁城編

<<   作成日時 : 2017/07/24 21:03   >>

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沖縄3城ラストを飾るのは今帰仁城。これまた読み方が難しく、 なきじんじょうと読む。普通はいまきじんじょうかな。 なぜこんな読み方になったかというとぐぐってみた。簡単に紹介しておく。

1471年の書類には、今帰仁城のことを「伊麻奇時利城」と書かれており「いまきじりじょう」と呼ばれていたようだ。
1500年後半に首里王府が発給した辞令書には、今帰仁のことを「みやきせん」とひらがなで書かれています。

1609年の薩摩軍の琉球侵攻以後は今帰仁を「いまきじん」と読んでいた。どうやら江戸時代前半は、いまきじんじょうだったらしい。

音韻の変化を考えると、以下のように変化したようだ。
↓イマ キ↓ ジリ↓
↓ミや き↓ せん↓
↓今 き ↓ じん↓(今帰仁)
↓ナ チ ↓ ジン↓
↓ナ キ ↓ ジン↓
このような変遷を経ながら、「今帰仁」と表記して「なきじん」と。今をナと間違えるとは、これまたなんというか、字が汚い人がいたんだな。

今帰仁城は、名護パイナップルパークのあとに訪れた。ここからは30分ほど。 沖縄の道は広くて走りやすいのが印象。飛ばしてるドライバーもいない。国道には思ったよりもトラックが多いが支道はとにかくすいてる。

今帰仁城の駐車場は広くて無料。入場料は駐車場から今帰仁城へ行く途中にある今帰仁歴史文化センターとセットで\400。売店が集まっている箇所に入場券売り場があり、冷房完備の待合室っぽいところに入ると 100名城のスタンプは置いてある。

その入場券とセットだった歴史文化センターは冷房完備だったので回ったが、この日も暑くて正門にあたる平朗門までしかいけず。夏の沖縄をなめてはいなかったが、想像以上であった。一人でいけば強行しただろうけど、沖縄3城はリベンジしたい。

冷房完備だった文化センターの感想は、貴重な今帰仁の歴史と沖縄北部の歴史について展示してある。 薩摩侵攻までは中国寄りでその後は、薩摩軍に城の建物を燃やされて、監守が置かれたそうだ。

その後に監守がいなくなったあとは、特に管理もされずに自由に使えたようで、庶民のよりどころであったから、
こそ遺跡が残ったんだな、と。正門近くの石垣は整備されていたようで非常に保管状態がよい。

本土と違う石垣や城なのでもっとじっくり今度は攻めたい。

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今帰仁城入口

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平郎門、ここから有料

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今帰仁城珍しい曲線の石垣

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